かつてここにはバスク人の王国があり、半島最西端の聖地サンチアゴへと向かうキリスト教徒の巡礼路になっていたナバラの地。北方に険しいピレネー山脈を臨み、中部以南には広大な盆地が広がる。そこは渡り鳥の休憩・越冬地だ。バード・ウォッチングができる自然保護区は12ヶ所。そのひとつ、ピティジャスのラグーン(潟湖)を訪れてみた。

       ナバラでバードウォッチング!  Laguna de Pitillas
                                                                         撮影・文 高橋モルマン容子 Yoko Takahashi-Mormann

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樹木がうっそうと生い茂る湿潤なバスク山系からナバラ州に入っていくと、地形の変化にまず驚かされる。緑がどんどん後退し、州都パンプローナを過ぎるあたりから赤茶けた砂漠のような平原が始まる。標高450メートル。高地である。ナバラワインを産する葡萄畑がときおり現われては消える。こんなところに潟があるのだろうか。

Laguna de Pitillas --- ピティジャスのラグーン(潟)。湿地及び水鳥の保全と再生を目的とするラムサール条約に登録された「国際的に重要な湿地」であり、地元の人からは単に「チャルコ(水溜り)」と呼ばれる。しかし、見渡す限りの原にぽっかりと水をたたえるその潟湖(せきこ)は、水溜りと呼ぶにはあまりにも大きく、不思議な場所だった。

ここには流れ込む川も流れ出る川もない。数億年前は海面下だったがピレネー山脈の形成と共に隆起して内海を作り、やがて水分が蒸発。土壌に多量の塩分を含む平原へと姿を変え、ここピティジャスに、珍しい「塩基性の水溜り」が出来上がった。

なるほど、ラグーンと名付けられている理由がやっと分かった。ここは外海とつながっていなくても塩の湖。内陸の塩基性湿原なのである。

全体の面積は216ha。皇居が2つ入る大きさだが、水溜り部分は降雨量と天候によって変化する。「ラグーンの存在そのものが驚異なのです」とクリスティナ・アルフォンソさん。州政府から委託されて湿地の保全と野鳥保護に責任を持つ専門家チームの1人だ。

年平均の降雨量は420リットル/m2。日本の1730リットル/m2に比較すると、いかに少ないかが見てとれる。かんかん照りの夏、凍てつく乾いた冬。しかし周囲から雨水が流れ込んで水量が増すと、湿地全体が巨大な水溜りになるという。

そして塩基性に強い希少な動植物が成育。水辺に生えるアシは水鳥たちのシェルターと栄養に、昆虫や爬虫類は餌になる。雑草にびっしりと張り付いているカタツムリの大群に気づいたときは正直驚いた。鳥の大好物なので負けじと大量発生するとか。

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                                                中央観測所の電力は太陽光と風から
 

最近は水中にコイが棲み始めてもいる。入水路がなく、生息に適さない環境から従来は存在しなかった魚類だが、雨が多い時期に近くの掘割から流れ込んできたらしい。泳ぐコイを見つけ、それを餌にするカワウが現われたとき、管理チームは歓声を挙げたそうだ。

厳しい秋冬季と巣作りの春季には一般の見学を土・日・祝日に限り、週日を生徒たちへの環境教育に当てているピティジャス保護区。筆者も今回、貴重な学習体験をさせてもらった。


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陽射しに輝くアオサギ。80羽ほどが留まる。(c)S.Dias   4~9月まで滞在するコチドリ。冬は南方へ。(c)Amadeo Uridiain

focha留鳥のオオバン。100羽を越える。(c) S.Dias